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COLUMN 48


仏舎利
 

 「文藝春秋」の今月号(十月号)に「金と釈尊」というタイトルで大橋一章氏(アジア文化芸術協会会長)が小文を寄せています。曰く、「仏陀の身体的特徴……三十二相……仏陀の全身は金色……仏像をつくるとき鍍金や金箔仕上げにするのは金色相に基づくもの。」

 仏陀は金色に輝いていた。金箔を使ったため、今はほとんど消え失せているが、当時は金キラ金であった。そしてそれが舎利となると「中国人は……舎利を金の容器に直接納めたあと入れる式に銀、銅の容器に納め、最外容器の石函に入れて埋納した。……舎利容器は中国から半島に伝わったが、半島の百済は我が古代人が舎利を見たこともなく、扱い方も知らなかったため、舎利を百済で作った入れ子式のガラス、金、銀、銅の容器に納め、丁寧に運んできたのである。」以上が大橋先生の言葉であるが、先生は「中国では」とおっしゃっている。これはガンダーラでも全く同じである。従って、この様式はガンダーラ(インド)が起源であると言えるだろう。それともうひとつ先生は「舎利を金の容器に入れ……」とおっしゃっているが舎利として中国では何を入れたか?……ガンダーラでは一番中の容器に真珠の珠を入れたようである。図1が金の容器の内に入っていた真珠である。これを仏陀の舎利と見なしたのであろう。

 

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 ちなみに、「金、銀、銅の容器に納め、丁重に運んで来られた舎利容器」は日本のどこに安置されたのであろうか。飛鳥の飛鳥寺の五重の塔の下であろうか。

 先日飛鳥に旅して楽しかった。奈良の南、静かな山の中である。百済(大陸)の文化が瀬戸内海、難波を経由して日本(大和)に降り立った地が飛鳥である。小高い山の背につつまれた山村。多くの百済人も来たようである。そして、飛鳥寺(法興寺)、日本最初の寺が建てられた(595年)。百済人の手によるものであろう。ちなみに飛鳥寺は火災にあい、ほとんどが焼失したが飛鳥大仏の頭部(ブロンズ)だけはほとんど昔のままだそうな。実にりりしい顔立ちである。日本最古の仏頭。そしてこの飛鳥寺の心礎には百済から将来した舎利が金銀銅の入れ子に入って埋めてあるという。
 

 ガンダーラの舎利埋葬方法が中国半島を経由して飛鳥寺へと続くわけである。

 


 

 

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