《欧亚美术》  犍陀罗艺术 

Gandhara Antiques specialty shop
 

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COLUMN 39


パルミュラ?

 


 パキスタンの業者が色々な写真を送ってきてくれる。おもしろいと思ってもすべてを買うわけにはいかない。分野がちがっていたり高価すぎたりで。どこか別のところに売られていくのであろうが致し方ない。そんな中でいくつか重要なものを紹介しておきたい。写真だけでもとどめておきたい。
 

 

1

1はアフガニスタンから来ているらしいが、アフガニスタン出土かどうかはわからない。一見パルミュラのようにも思えるが、首装飾、頭部の装飾などを見ると23Cのパルミュラとは少し違うような気がする。ベールの形もパルミュラのそれとは少しちがう。硬直した彫刻であることは両者に共通している。もう少し東の方、例えば東方のパルティアあたりのものなのだろうか。

台座の割れ方を見ると左右は一体であったようだ。そうすると貴婦人(王妃
?)とその家僕だろうか。婦人の衣の下の方の表現はパルミュラもそうであるがローマ風である。ローマの影響大であることにまちがいないが、ヘレニズム的要素が少ない。ローマの田舎作と呼びたい。それをして私は“硬直”的と言っている。私が強調したいのはガンダーラ初期のヘレニズム的なものはこの硬直さがない。ローマの田舎的作ではなく、優美なヘレニズムなのである。
 


いつも出している図
2を見てもらおう。
 

2



ついでに私の一番言いたいことを言おう。

 ペシャワールの北のチャルサダやタキシラに住んでいたインド・グリークが図3のような優美な化粧皿の作品を作った。これらを作った作者たちと図2の最初期とおもわれるガンダーラの作者とは同じだと思う。すなわちガンダーラ初期のヘレニスティックな作品は化粧皿を作っていた人たちがはじめて作った。これが私の仮説である。
 

 


 

3



 この手の化粧皿が
1世紀末にぽつりと消えてなくなる。作られなくなった。今まではそれは謎と言われていた。化粧皿の作者がガンダーラ製作に移っていったのだと思う。

 最近のイタリア隊のスワート発掘により、スワートより発掘されるプリミティブなインド的な作品がガンダーラで一番古いとされるようになった。だいぶ以前にそのことはオランダの女性学者ロハイゼン・ド・レーウによっても指摘されていたことである。私もそうだと思う。まずスワートのインド寄り、あるいはブネール(BUNER)あたりにインドから仏像が入って来て、ガンダーラが始まったのであろう。それに刺激され、ほぼ同時期、あるいは少し遅れてチャルサダあたりで化粧皿作家が寺院彫刻を始めたというのが、私の意見である。
 

 ちなみにブネールのことをあまり学者は言わない。あるフランスの学者が「ブネールってどこ?」と聞いてきたことがある。学術発掘がなかったせいであろう。あまり知られていないが、やわらかい緑系の石が使われる。やはり初期の段階ではやわらかい石が使われたようだ。スワートの石もやわらかい。ブネールの作品は非常に古いと思う。
 


 

 

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