《欧亚美术》  犍陀罗艺术 

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COLUMN 37


さる人のこと

 


思い出を一つ一つ書き残していこう。

図1は有名なべグラムの象牙コレクションの一つである。新聞その他で報じられたが、カブール美術館がタリバーンに襲撃され、べグラム・アイボリー・コレクションその他多数が盗まれた。

 べグラム・アイボリーとは1937年にフランス学術隊がアフガニスタンのべグラムで遺跡を発掘し、一つの部屋からごっそり遺宝が見つかった。その中にアイボリーのすばらしい彫刻群が見つかった。長イスの背もたれとかに施された彫刻。インドのボンベイ近辺で作られたものが、ここまで持ち込まれたと考えられている。ちなみにそこからはエジプトのアレキサンドリアで作られたと考えられている石膏の人物絵(銀器の注文とり用の下絵と考えられている。)その他多数の輸入品が見つかっている。いかにこの地がシルクロードの交易によって豊かであったかがわかる。
 

 さて、このアイボリー・コレクション、壊されずに盗まれてパキスタンに来た。ペシャワールの有名な政治家のもとに。この政治家、もうだいぶ前に亡くなったから名前を言ってもいいのかな。私は何回も氏の家に伺ったことがある。とてもすばらしい人物だから、彼のことを少し書こう。名は将軍(General)とだけにしよう。パキスタンの軍のトップを務めた後に副首相も務めた人。普通このクラスの人なら大邸宅に住んでいるのだろうが、極めて質素な家。あまり贅沢をしない人のようだった。

 ペシャワールの知人に彼の評判を聞いたことがある。「すごくいい人。みんなが尊敬している人。彼の悪口を言いたりしたら、袋叩きにあう」。山奥で災害があれば、トラックに食料を積んで運ばせる……。だそうである。高潔な人のよう。ガンダーラがお好きで、少々のコレクションをお持ち。ただ私の見るところあまりいいものはお持ちでなかった。大きな苦行の仏陀像があった。間違いなくニセモノ。そばにいたパキスタン人の業者に後で聞くと、ガンダーラの業者がガンダーラ所持で警察に捕まる。するとすぐに彼に電話して頼む。彼からの電話一本ですぐ解放される。氏にお礼をしなければならない。ガンダーラがお好きだからガンダーラをお持ちする。持ってきたのがこの苦行の大きいニセモノ。今なら1億円はするだろう。
 

 もう一つ付け加えよう。ある町、有名な町だから名は控える。ですごい銀器が数枚見つかった。妬みを持った業者が警察に通報した。200人ぐらいの警官が彼らの家を取り囲んだ。びっくりした家の主人は氏に電話して頼む。すんでのところで包囲網は解けた。さて、彼らは何をお礼にしたか。正直な人たちだからいいガンダーラをお礼にしたのでは。

 もう一つ。重要なこと。バーミヤン遺跡が爆破された直後に氏の家に伺ったことがある。氏曰く「誰か俺に頼んでくれば、俺が爆破にはストップをかけられたのに、誰も俺に言ってこなかった。」

 大げさなことを言う人ではない。おそらく彼ならなんとかなったのでは。と言うのは、アフガニスタンに非常に力のある人である。タリバーンはアメリカが作った。ロシアのアフガニスタン進駐に対抗して、反勢力としてタリバンをアメリカが金を出し作らせた。それをやった、金をばらまいたのが彼だったからだ。だから彼はタリバンとは密な関係があったはずだ。彼が「やめろ」と言えば、止まっていたかも。彼はそういう遺跡、仏教美術に理解のあった人だから惜しいことだと思う。ユネスコなんか何の役にも立たない。屁のつっぱりにもならない。

 私が氏の家を辞するとき、奥様が白い布の反物をくださった。昔は布は貴重なもの、それを差し上げる習慣は日本にもあったような気がする。うれしく頂戴して帰った。
(つづく)
 

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