当時「さまよえるゼウスの足」というタイトルで雑誌にこの足が出た。
まさにさまよっているので、タイトルを変えた。
このゼウスの足をどうするか。所有者はパキスタンの業者である。私が買うわけにはいかない。私が買い取って返還するといっても、カブールはまだその当時戦闘状態で混乱していて返せる状況にない。私が買い取って私の所にもっていたりすると私が売るつもりでなく将来返すつもりであっても、私はみなに白い眼でみられることになる。
ある美術館の友人に相談した。私が買い取ってカブールに返還できるようになるまで、彼らの美術館にあずかってもらって、然る後に返還してあげれば問題はないだろうと考えたわけである。その友人は即座に「ああいいよ。俺が預かってやる」と電話口で軽やかな答えが返ってきた。ちょっと軽やかすぎるようにも感じられた。彼はもともと軽やかな人間なので大して疑問にも思わなかったが、「大丈夫かな」という不安は少し残った。そろそろ所有者と値段の交渉に入ろうかなと思っているとき、美術館の彼から電話があった。「理事長が盗品をうちであずかるわけにはいかないと言っている。」彼も館で重要な地位の人間ではあるが、理事長に反対されてはどうにもならない。元に戻ってしまったわけである。
1年ぐらいだったろうか、そのままになっていたら、所有者から、ロンドンに送ってくれと連絡が入った。致し方ない。ロンドンに送った。私のよく知っている古美術業者である。これでこの重要なゼウスの足はどこかアメリカにでも売られて行くのかと寂しくなったが致し方ない。と、すぐにロンドンの彼から連絡があり、「栗田、あの足はなんだ?」ときた。よし、ここぞとばかりに「あの足はフランス隊がアイハヌムで・・・盗品であり・・・売ったらやばい(dangerous)よ・・・」と長文の返事を書いた。「やばい」という言葉を英語で何というか。そのとき私にはdangerousぐらいしか思いつかなかった。フランス隊のリポートのコピーも添えて送った。
しばらくそのままになっていたが、また私のところに送り返されてきた。ロンドンに送るときに私はそれ用のアルミケースを作っていたので、そのしっかりしたアルミケースに入って送られてきた。ずっと後になって、NHKがこの件を取り上げたときにそのアルミケースに入って登場したのが映っている。恐らく先年カブールに返還されていったときにも、このアルミケースに入ってだろう。
とりあえず私のところにまたまいもどってきた。
私はうれしくもあり、ほっとした。
(つづく)
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