《欧亚美术》  犍陀罗艺术 

Gandhara Antiques specialty shop
 

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COLUMN 21


托鉢
 


  ガンダーラ期に托鉢がどんなふうに行われていたか、私にはわからない。仏典の「律」などにはかなりくわしく記されているのであろう。私がこれに興味を持ったのは、写真1のような鉢がよく出土し、我々の所に来るからである。ぼろぼろに腐蝕し穴のあいたのが普通であるが、たまに写真のようないい状態で来るのもある。新しいのではと思えさえする。間違いなく古い、当時のもの。
 

写真1
仏鉢 径27cm
 


 重なって出土するから、中の方の鉢には外のにカバーされ、状態のいいのがあるわけである。ブロンズは、作られた当時は金のように輝いていた。錬金術師が合金で“金”を作ったわけであるから、当時は金のように輝いていた。ブロンズの仏像も然りである。今でもブロンズのさびを磨きとると金のような仏像になる。たまにパキスタン人の業者がこれは金ではないかと、完全にキンキラに磨いてもってくることがある。皆に“ニセモノ”と馬鹿にされてかわいそうな思いをすることがあった。

 

 これらの鉢は、僧院の一室から重なって発掘されるようである。まず間違いなく托鉢に使われていたものであろう。仏鉢である。仏鉢は仏教では、特別な意味あいがあるようである。ガンダーラの彫刻に、台座などに仏鉢を台の上に乗せ、両脇で僧が礼拝している図がよくある(写真2)。断食を中断したあと仏陀が最初に食事をしたときの鉢が天上に舞い上がり、天で礼拝されたという説もあるが、やはり托鉢に使われる鉢が礼拝されているのではなかろうか。仏教において鉢は神聖な意味合いを持っているようである。水瓶がそうであるように。ともに生命にかかすことのできないものであるから。
 
写真2
 




 托鉢(乞食・こつじき)とは何か。そうむずかしく考えることもないだろう。ただこのことに関して私が非常に興味深く読んだことがある。鉢に食物を頂戴して、お礼を言ってはいけないということである。「ありがとう」と礼を言うのではない。ただただ粛々と受け取るのである。だからと言って「君たちは恵む義務がある」という意味でもない。


 当時の托鉢僧はどんな袈裟をかけていただろうか。黄色であったろうか。この黄金に輝く鉢(当時は正に金の鉢である)を手に粛々と民家を乞食してまわったのである。
1500年前の貧困の時代に。その姿を想像していただきたい。“金”の仏鉢の意味がわかるような気がする。

 おわり
 

 

 

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